17周年ストーリー① chai break が「もか」の跡に決まるまで

chai break を始める前、実は別の物件を契約していました。井の頭公園の近くにある11坪の小さな物件で、テイクアウトを中心にしたティースタンドをやるつもりでした。

ところが契約したあとになって、お店に必要な電気の容量が足りないことが分かりました。通常は道路を掘り起こす工事をすれば容量を増やせるそうなのですが、公園が災害時の避難場所に指定されていることもあって、その工事もできないとのことでした。保証金も戻ってこないまま、泣く泣く断念するしかありませんでした。

もしあの物件がそのまま進んでいたら、今は吉祥寺マルイにある chalo chalo! chai break のようなティースタンドの方が、先に生まれていたかもしれません。

お店のオープンに向けて、家内と、最初のスタッフとして来てもらうことになっていたパティシエールは、すでに前の仕事を辞めていました。2人は午前中に業務用や通販の発送と茶葉の袋詰めをして、午後は不動産屋さんを回る毎日を数週間続けました。

2009年6月のある日の夕方、不動産屋さん回りを終えてパティシエールを見送ったあと、家内は「もう一軒だけ」と別の不動産屋さんに寄りました。そこで「出たばかりで、まだ公開していない物件」として出されたのが、「もか」の跡でした。

もかのことは以前から知っていて、家内と私で「いつかこんなところでお店ができたらいいね」と話していた場所です。営業に向かう電車の中にいた私に、家内からショートメッセージが届きました。

「もかキタ――(゚∀゚)――!!」

内見のときの入り口(2009年6月)

内見のときの入り口(2009年6月)。扉の赤い覆いの下に、もかのロゴ入りのすりガラスがはめられていました

もかはあまりにもコーヒーで有名なお店でした。不動産屋さんの話によると、もかの店主ですでに亡くなられていた標交紀さんの奥様のご意向もあり、家主さんは次に入るお店に「コーヒーを出さないこと」を条件にしていたそうです。紅茶のお店をやろうとしていた私たちにとっては、願ってもない条件でした。内見のときには、家主さんから「紅茶専門店が来てくれるといいね、と話していたんですよ」と言われました。

もかの店内(2009年6月の内見時)

もかの店内(2009年6月の内見時)

作り付けの棚(2009年6月の内見時)

作り付けの棚(2009年6月の内見時)

窓まわりと棚(2009年6月の内見時)

窓まわりと棚(2009年6月の内見時)

窓辺の飾り棚(2009年6月の内見時)

窓辺の飾り棚(2009年6月の内見時)

もかの店内に飾られていた写真や額(2009年6月の内見時)

もかの店内に飾られていた写真や額(2009年6月の内見時)

お手洗いの扉と入り口の大谷石の壁(2009年6月の内見時)

お手洗いの扉と入り口の大谷石の壁(2009年6月の内見時)

しかも契約したあとに分かったのですが、この建物が建ったのは1968年10月で、私が生まれたのと同じ年の同じ月でした。最初の物件はうまくいきませんでしたが、今振り返ると、この場所とは出会うべくして出会ったように思います。

お店の前の坂道(2009年8月)

お店の前の坂道(2009年8月)