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17周年ストーリー② 店内に残る「もか」のもの

chai break の店内には、もかの店主・標交紀さんが残してくださったものが、今もたくさんあります。周年のご挨拶でも少し触れましたが、今回はそのいくつかを、もう少し詳しくご紹介しますね。

もかの入り口の扉には、もかのロゴが入ったすりガラスがはめられていました。ロゴを手がけたのは、コーヒーの版画で知られる版画家の奥山儀八郎さんです。内装工事がはじまって、このすりガラスを外すことになったとき、壊してしまうのはどうしても惜しくて、何とか店内に飾れないかと考えました。お手洗いの扉の横の壁には、八角形の枠の開口部がありました(1枚目の写真、2009年の内見のとき)。設計の段階では塞ぐ予定だったのですが、工事の方にお願いして、ここにすりガラスをはめ込んでレリーフにしてもらいました(2枚目の写真)。

2009年の内見のとき

2009年の内見のとき。八角形の開口部


今のレリーフ

今のレリーフ

飾らせていただくにあたって、標さんの奥様と、奥山儀八郎さんのご子息の奥山義人さんにお手紙を書き、ご了承をいただきました。標さんの奥様は当時、この坂道を見るだけでもお辛いとおっしゃっていたのですが、オープンのときには、このレリーフを見に来てくださいました。今でも、とても大切な思い出です。内見のときには、もかの窓辺にも奥山儀八郎さんの作品が飾られていました(3枚目の写真)。店内には、もかのパンフレット「もかコーヒーのご案内」も残されていました。表紙には、レリーフと同じロゴと「SINCE 1962」の文字があります。ブレンドの名前は、標さんが出会った各国のコーヒーの達人の名前から付けられていたそうです。奥山義人さんのポストカードも、一緒に残されていました。

もかの窓辺の作品(2009年)

もかの窓辺の作品(2009年)


もかのパンフレット表紙

もかのパンフレット表紙


奥山義人さんのポストカード

奥山義人さんのポストカード

壁にはめ込まれた絵付けのタイルは、標さんがオランダで買い集めたものと伺っています。オランダの伝統的な陶器「デルフトタイル」で、オランダ北部フリースラント州のマッカムという街にある名門の陶工房、ロイヤル・ティシェラー・マッカム(Royal Tichelaar Makkum)のヴィンテージやアンティークのタイルと思われます。窓辺の上やお手洗いの扉の上など、今も店内に8枚残っていますので、ぜひ探してみてください。

デルフトタイル

デルフトタイル


お手洗いの扉の上のタイル

お手洗いの扉の上のタイル

お手洗いの扉の取っ手は、実はそれ自体が鍵になっています。開け閉めする時は横を向いていて、上に向けると鍵がかかる仕組みです。初めての方は戸惑われることが多いので、迷ったら取っ手を上に向けてみてくださいね。

お手洗いの取っ手

お手洗いの取っ手

壁一面の作り付けの大きな棚も、もかのものをそのまま使っています。すべての扉の留め具が一本の鉄の棒でつながった、独特の造りです。棚の中には、奥山儀八郎さんの版画『かうひい異名熟字一覧』と、もかの店頭に飾られていたデミタスカップがあります。どちらも、もかの常連さんがお持ちだったもので、「ここにあった方がいい」と寄贈してくださいました。

作り付けの棚

作り付けの棚


棚の留め具

棚の留め具


版画とデミタスカップ

版画とデミタスカップ

17年経った今も、もかが残してくれたものに囲まれて、毎日お店を開けています。お越しの際には、ぜひ店内を見回してみてください。

17周年ストーリー① chai break が「もか」の跡に決まるまで

chai break を始める前、実は別の物件を契約していました。井の頭公園の近くにある11坪の小さな物件で、テイクアウトを中心にしたティースタンドをやるつもりでした。

ところが契約したあとになって、お店に必要な電気の容量が足りないことが分かりました。通常は道路を掘り起こす工事をすれば容量を増やせるそうなのですが、公園が災害時の避難場所に指定されていることもあって、その工事もできないとのことでした。保証金も戻ってこないまま、泣く泣く断念するしかありませんでした。

もしあの物件がそのまま進んでいたら、今は吉祥寺マルイにある chalo chalo! chai break のようなティースタンドの方が、先に生まれていたかもしれません。

お店のオープンに向けて、家内と、最初のスタッフとして来てもらうことになっていたパティシエールは、すでに前の仕事を辞めていました。2人は午前中に業務用や通販の発送と茶葉の袋詰めをして、午後は不動産屋さんを回る毎日を数週間続けました。

2009年6月のある日の夕方、不動産屋さん回りを終えてパティシエールを見送ったあと、家内は「もう一軒だけ」と別の不動産屋さんに寄りました。そこで「出たばかりで、まだ公開していない物件」として出されたのが、「もか」の跡でした。

もかのことは以前から知っていて、家内と私で「いつかこんなところでお店ができたらいいね」と話していた場所です。営業に向かう電車の中にいた私に、家内からショートメッセージが届きました。

「もかキタ――(゚∀゚)――!!」

内見のときの入り口(2009年6月)

内見のときの入り口(2009年6月)。扉の赤い覆いの下に、もかのロゴ入りのすりガラスがはめられていました

もかはあまりにもコーヒーで有名なお店でした。不動産屋さんの話によると、もかの店主ですでに亡くなられていた標交紀さんの奥様のご意向もあり、家主さんは次に入るお店に「コーヒーを出さないこと」を条件にしていたそうです。紅茶のお店をやろうとしていた私たちにとっては、願ってもない条件でした。内見のときには、家主さんから「紅茶専門店が来てくれるといいね、と話していたんですよ」と言われました。

もかの店内(2009年6月の内見時)

もかの店内(2009年6月の内見時)

作り付けの棚(2009年6月の内見時)

作り付けの棚(2009年6月の内見時)

窓まわりと棚(2009年6月の内見時)

窓まわりと棚(2009年6月の内見時)

窓辺の飾り棚(2009年6月の内見時)

窓辺の飾り棚(2009年6月の内見時)

もかの店内に飾られていた写真や額(2009年6月の内見時)

もかの店内に飾られていた写真や額(2009年6月の内見時)

お手洗いの扉と入り口の大谷石の壁(2009年6月の内見時)

お手洗いの扉と入り口の大谷石の壁(2009年6月の内見時)

しかも契約したあとに分かったのですが、この建物が建ったのは1968年10月で、私が生まれたのと同じ年の同じ月でした。最初の物件はうまくいきませんでしたが、今振り返ると、この場所とは出会うべくして出会ったように思います。

お店の前の坂道(2009年8月)

お店の前の坂道(2009年8月)